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GSsports

GSsportsはサッカーを中心としたコンサルティング会社です。「選手」「フロント」それぞれの経験に基づいた最適なサポートが特長です。 選手には「試合に出る」ことを通じて活躍し成長できる環境を提供し、クラブには短・中・長期的ビジョンに基づくチーム強化や運営に貢献します。

代表の梶野智は元プロサッカー選手であり、現役時代はキャプテンとしてチームを支え、引退後はJクラブの強化部長として攻撃サッカーの土台を築き世界で活躍する選手を育成。Jクラブはもちろん、南米・ヨーロッパ・アジア各国のネットワーク力も活かし、選手・クラブそれぞれの目線に立ちより大きな成功と勝利をかなえます。

業務内容

エージェント業務
世界で戦える素質のある、選ばれた選手とアドバイザー契約を締結。Jクラブはもちろん、海外の提携エージェントとも連携し、選手の移籍・契約・留学をサポート。選手の立場で、選手とともに、より大きく成長・活躍できるステージを目指します。

コンサルティング業務
国内外のサッカーに関するさまざまな情報を提供。日本人選手の紹介をはじめ、外国人監督・コーチ・選手の獲得などをサポートします。また、フロントで活躍できる人材紹介や、人気クラブにするためのアドバイザー業務なども行います。

セカンドキャリアサポート
アドバイザー契約を締結した選手に対しては、引退後のセカンドキャリアもサポートします。「プロサッカー選手」という素晴らしい経験と価値を活かし、サッカー界はもちろん、スポーツ精神を必要としている企業での活躍の道も提案します。

海外留学プロジェクト
ドイツ、イタリア、ブラジル、韓国、オーストラリアへの長期・短期留学をサポート。海外エージェントを通じて、現地のサッカークラブを紹介します。

実績
永井龍:キエーボ(イタリア)、山口蛍・丸橋祐介:パルメイラス&サンパウロ(ブラジル)、大学生選手:SSV Merten(ドイツ)・Lions fc(オーストラリア)など。

講演会
「勝利」「成功」の重要性は、プロスポーツだけではなく教育やビジネスの現場でも同じ。「勝者のメンタリティ」や「育て勝つ」個人・団体・組織づくりをテーマにしたセミナーや講演会を、クラブチームはじめ企業・自治体・大学・高校などで開催しています。

トレーニング・治療
「パフォーマンスリハセンター」「ACURA」といったトレーンイング施設・治療施設と提携。プロ・アマチュア・一般の方まで、本格的なトレーニングと治療を行います。

会社概要

社名 GSsports株式会社
所在地 〒530-0012 大阪市北区芝田1丁目10-10 芝田グランドビル704
設立 2014年2月4日
資本金 700万円
役員 代表取締役 梶野 智
事業内容 スポーツ選手のマネージメント業務及びエージェント業務
スポーツ選手・スポーツインストラクターの育成及び派遣業務
芸能・スポーツイベントに関する企画、運営、運営代行、コンサルティング業務
スポーツ施設・リハビリ施設の経営、管理、運営業務
サッカースクールの経営・運営業務
サッカー留学の企画・斡旋業務

プロフィール
梶野 智
Satoshi Kajino

著書
世界に通用する若手選手を次々に輩出する育成型クラブの基礎をつくり、攻撃サッカーでファン・サポーターを魅了。セレッソ大阪での14年間の仕事をまとめた著書『世界に通用するセレッソ大阪の「育て勝つ」流儀』を出版。
→電子書籍はこちら

略歴
1965年 愛知県生まれ
1994年 東京農業大学
1988年 ヤンマーディーゼルサッカー部
1993年 セレッソ大阪
1998年 コンサドーレ札幌
2000年 セレッソ大阪 スクールコーチ就任
2001年 セレッソ大阪 チーム統括部スカウト担当
2004年 セレッソ大阪 事業部マーケティングディレクター
2004年 セレッソ大阪 チーム統括部強化担当
2005年 セレッソ大阪 チーム統括部スカウト総括責任者
2007年 セレッソ大阪 チーム統括部長(現強化部長)就任
2014年 株式会社日本ツアーサービス スポーツアドバイザー 就任
2014年 GSsports 株式会社 代表取締役 就任
選手歴
1994-1997年 セレッソ大阪
1994年 Jクラブとしてセレッソ大阪の初代キャプテンを勤める。
1998年 コンサドーレ札幌に移籍。ここでも2年間キャプテンを勤める。
1999年 シーズン終了後にプロサッカー選手を引退。
Jリーグ通算136試合出場5得点
業績
2000年 セレッソ大阪のスクール開発責任者として、当時大阪府下に4校しかなかったスクール1年間で11校まで拡大する。
2001年 当時11歳だった柿谷曜一朗が所属するジュニアチームのコーチを勤める。
2005年 年間順位5位の立役者のブラジル人トリオ「ブルーノ・クワドロス、ゼ・カルロス、ファビーニョ」の発掘と契約を取りまとめた。
2007年5月 レヴィー・クルピ監督の招聘に成功すると同時に自身も強化部部長に就任し、香川真司・乾貴士を中心にチームを攻撃型のサッカーに変貌させる。
2010年 J1に復帰すると同時に、ガンバ大阪から播戸竜二・家長昭博の獲得に成功し、大分から高橋大輔・上本大海・清武弘嗣を補強し、ブラジル人FWアドリアーノを獲得し、Jリーグ3位となり、翌年のACL出場権を獲得した。
2011年 ACLチャンピオンズリーグ ラウンド16で、しかもアウェイ万博でライバルであるガンバ大阪に勝利し、大阪のサッカー界の歴史を変えた。
2012年 柿谷曜一朗を復帰させ、2013年にはレヴィー・クルピ監督の集大成のもと、柿谷曜一朗を「日本のネイマール」と称し活躍させ、チームに「セレ女」ブームを巻き起こす先駆けを作った。
2013年 シーズン終了をもって、セレッソ大阪を退社し、2014年2月からGSsports株式会社 代表取締役に就任し、スポーツコンサルタントとして現在に至る。

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